みなさんどうもこんにちは。
リュック1つでアフリカ大陸を一周している元歌舞伎町ホストのマユリです。
私の性格上情報の正確性は曖昧で、超個人的独断と偏見に基づいた意見がほとんどですので実際に足を運ばれた際には全く違う感じ方をする場合がかなりあると思います。
例えデータに基づいた正確な情報を元にしたとして、その土地で感じるものは人それぞれだと思いますし、それが旅の醍醐味であるとも思いますし、おすし。
同じ土地とはいえ、タイミングや出会う人によって旅は全く別のものになります
ただの私の日記だと思ってお楽しみください。
あと世界の情報の変化ってとんでもなく早いから更新した日付もしっかりチェックして参考にしてくれ。
アフリカについて気になることやわからないことがあればいつでも気軽にインスタグラムからDMしてくだい。お答えできる範囲でご連絡させていただきます
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毎度歴史あるスラムには訪れているのですがナイジェリアのスラムもまた世界的にかなり有名な歴史を持つ観光スポットともなっているスラム街です
このアフリカ旅を始める時から話は聞いていたし、ナイジェリアに来たら必ず行こうと決めていた場所の一つでもあったのですが、なんと政府によって強制撤去が始まってしまいました。
街が強制撤去ってどういうこと!?
って話なんですが、言葉通りそのままの意味で捉えてもらって大丈夫です
海の方から陸に向かって重機で建物をどんどん破壊していって埋立地にしてしまっているんです。
それもまだ普通に人が生活しているところで。
映画のようなまるで信じられない話ですが、今こうしている間にも行われている現実です。
マココも毎日ツアー会社がツアーを行っているのですが、今こんな現状でもちろんツアーはストップしてしまっています。
しかし、今行かなければもう一生このマココの景色は見れないし、何より世界で起きている現実を見るために実際にアフリカにやってきているわけなので個人的にいくことに決めました。
もちろん1人でいくにはとても危ないし、何よりよそ者が1人でやってくるなんて現地の人に失礼な行いでもあるのでこれまでのスラムやギャング地域で過ごした経験を活かしてそれなりの用意をしてから向かいました。まぁお金なんですけどね。
お金があれど態度や話し方、接し方もかなり重要なので全くおすすめできない方法ですので1人でスラムへいくことはやめておきましょう。
そんなわけでその辺の詳細を順を追って説明していきましょう
ちなみに二日連続で行ってきました。
違う角度から見てきたので両方紹介します。
それではどうぞ
マココ1日目
初日についてはユーチューブで動画を上げてるんでよかったらこちらもみてください🔻
まずはマココの基本情報
■ マココ(Makoko, ラゴス)
【基本情報】
・場所:ナイジェリア・ラゴス
・人口:約10万〜30万人(非公式)
・水上+陸上の混在コミュニティ
【構造】
・ラグーン上の高床式家屋(木造)
・移動:カヌー
・水路=道路
【起源】
・西アフリカ沿岸の漁民(Egun民族)
・19世紀頃に形成
【経済】
・漁業/燻製魚
・木材・小規模商店
・現金中心
【インフラ】
・電気:一部のみ
・水:安全な水不足
・衛生:不十分
・学校:簡易・民間あり
【問題】
・貧困・過密
・水質汚染・感染症リスク
・立ち退き問題(2012年)
・土地権利不明
【特徴】
・水上スラムとして有名
・水上に学校・店・教会あり
・都市内で独立した生活圏
【訪問】
・観光地ではない
・ガイド必須/ボート移動
・治安・衛生リスク高
まぁざっくりこんな感じ

この奥に見える街の上に煙がかってるのが見えるだろうか
これがマココなのである。常に煙でいっぱい。空気も水もめっちゃ汚い

このようにマココエリアには大きな柵が貼られており完全に隔絶されています。
とはいえ普通にちょいちょい破壊されてて出入りできるようになってます。
初日はここからお邪魔しました。良いこは絶対真似しないでね

壊されてる柵のとこから入るとすぐにこんな景色
破壊され焼き尽くされています。重機が家を取り壊しているのがよく見えます。
もっと近づいてみようとした時に早速事件
ギャングみたいなタトゥー強面ムキムキマッチョたちすごい勢いで走ってきて囲まれてしまいました。4〜5人いたかな。
突然はがいじめにされたりとかはなく会話が可能だったのでとりあえずはよかった。
まずは彼らのボスに会って話をしろということで橋の下にいるボスの元へ挨拶
家を取り壊された人たちは橋の下で避難していました。
ここで予定どおり
「マココの事情は知っている。近くでみたいから金を払うから案内をしてくれないか?」
と提案
金額を提示したらあっさりオーケイ
ワイを囲んでいた人たちに俺のボディガードをするように言ってくれてあっさりと交渉成立しました。
かなり心強いボディガードができました。
歩いていて思うのですが、やはり1人でも案内人がついていないと色んな人が金をくれとせびってきてえらいことになっちゃいます。
こういう時に案内人が1人いるだけでも相手は大人しく引き下がるので1人では決して行ってはいけません。
警察も法律も誰も守ってくれないこういう世界では彼らのような人間が秩序を守ってくれているんだと感じました。
というわけでみんなで近くまで

海側の方はもうほとんど破壊されてしまっていてすでに埋立が始まっていました。
この辺一帯を全て埋立地にして富裕層向けの街にするんだとか。
残酷な歴史的瞬間です。

自分たちの家を壊されている様子を遠くから眺めていた人たちなんだけど何故かめちゃくちゃ笑顔で元気
目の前で自分の家壊されてる人のテンションじゃない笑
こんな時によそ者が乗り込んできて申し訳ないがこの現実をしっかり観察させてもらいます
この後に「船で中の方もみていくか?」と聞かれたが逃げ場のない状態はまだちょっと怖かったので遠慮しました。
そんなわけで1時間くらいみさせてもらってマココを後にします。

右がボス左が最初に来た人。

みんなめっちゃマッチョなんだよな。こういう人たちに囲まれた時はちびりそうになりました。
まぁでもいきなり暴力じゃなく普通に対話してくれたのでなんとかなります。
思うけど、人の問題の99%ってコミュニケーション不足だと思うんだよね
伝えたつもり。こういうはずだ。こうじゃんけりゃおかしい。
自分の都合で思い込み理解に寄り添う姿勢を忘れ一方的な自分の都合の押し付けになっていることに気がつかない
自分は決して間違ってない。自分が間違えてる可能性なんて疑う姿勢を一切持たない
そういう傲慢そのものの姿勢が歪みを生むと思うんです。
人間には理性があり言葉がある。
感情を一旦置いておいて理解に寄り添う姿勢さえ忘れなければ争いは生まれないし、感情的になる相手すら落ち着いていく。
感情に感情で返すからどんどんヒートアップするし、それではまるで動物と同じだ。
アフリカを一周している中でもそれを何度も感じてきたし、実際それで全てのコトはすんできている
強盗された時も、ギャングにクラブの奥で監禁された時も、変な警察に賄賂要求された時も、こうしてスラムにいるときも
全て落ち着いた態度と対話で相手の対応は穏やかになる。
自分が変われば相手は変わる?
相手は自分の写し鏡だ。自分を律することができれば、人の心を動かすことができる
そう信じて生きてきたし、今回のスラムの件でもそれを実証しさらに自信に変わった。
まぁ、運がよかっただけってのがほとんどだろうけどね。
冷やかしみたいなこんな外人を快く受け入れてくれた彼らに心から感謝。
おかげで世界の現状を身をもって実感することができた。この経験はとても大きい
家を失った彼らは今どこでどうしているのだろうか。
今ふかふかな布団の上でこうして好きなようにブログをかけていることに心から感謝せねばなるまい
できる人間ができない人間のために動く
私は日本人で、あらゆる権利に守られ世界のどこにでもいくことが出来る。
だから、まだそうできる権利を得られていない人たちの力になれるよう努めていきたいと思います。
マココ二日目

二日目もある程度のお金を用意しマココへ向かう
と言っても全然大した額じゃないんだけど一番大きい札束が1000ナイラ(110円)なので少し現金を用意するだけでこんなえらいこっちゃになってしまうんです。
ナイジェリアに来る前から元々マココの村長の息子と呼ばれる知り合いの知り合いのツアーに参加させてもらう予定だったんだけど、こんなことになってしまって当然ツアーは中止。
こんな時に何をすればいいかわからないけど、とりあえず少し寄付をしたいということを伝え1時間だけ話をしてくれないか?と少し無理を言って承諾してもらった次第である

指定された待ち合わせ場所へ向かう
マココの陸エリアのところで彼のブラザーを待つ
アジア人なのでかなり目立つ。通りすがりの人たちがお金をせがんでくる。
そんな中彼のブラザーが到着し彼の元まで案内してくれた


ここからカヌーに乗って移動する
マココ内の移動はカヌーが基本だし、カヌーの上で食事を作ったり物を売ったりている人もいる
それくらい水上生活に順応しているのだ

海の方まで行かなくてもすでにちょいちょい破壊されている家がある
その破壊された家の中でまだ普通に生活をしている

ボートに乗りながら色々説明をしてくれていたが、英語のナイジェリア訛りが凄すぎてほとんど何を言っているのかわからなかった笑すまん

彼が待つマココの学校に到着
もちろん今は運営できていない。子供達の行き場もない

この学校もすでにちょいちょい破壊されてしまっているのでこんなふうに建物を乗り越えます

床も無い。少し足を踏み外せば下までズドンです

そしてついに村長の息子にして知り合いの知り合い、デズモンドさんに会いに来れました。
彼の話はケニアの大富豪さんの家に住まわせてもらってる時によく聞いていました。
ケニアの大富豪さんも彼の支援をしています。
そういう繋がりで今回は特別に話を聞かせてもらうことができました。本当にありがたい。

最近は船に乗ってこの奥の方に見える橋の下で寝たりしてるんだとか。
本当にとんでもない話。
行き先の保証も何もなく突然始まる一方的な破壊

瓦礫の山になってしまっているが、ほんの少し前まではここにたくさんの家や学校や教会がありそこで本当にたくさんの人が生活をしていた。
今も自分の家の場所で生活をしてる人もちらほら。床しかない場所で。

ここを全て破壊するまで止まらない。1月時点でこの状態。今書いてるのは3月の終わりなんだけど一体どうなってるんだろう。この記事を書き終えたら確認してみよう。

デズモンドさんに1時間しっかりいろんな話を聞かせてもらいました。
ひとまずは直接会って現金を渡すことができてよかった。
他のメンバーにも個人的に少しずつお金を渡したんだけど、自分のものにしようとすることなく何の迷いもなくお金を管理してる人のとこへ持っていってみんなが生活できるように考えていた。
自分の欲を優先することなくみんなで助け合ってる姿勢が本当に美しい。
そんな彼らが少しでも早く安心できる暮らしができるよう遠く離れていてもできることをしたいものです

デズモンドとお別れをし、せっかくだから船でいろんなところを見ておいでとブラザーにカヌーでいろんなエリアへ連れていってもらいました
この重機操作してる人もどんな気持ちで家ぶっ壊してるんやろか。
引きずり下ろされたりしていないのが不思議。最初の方はそういうこともあったのかな
こんな時に外国人が1人、彼らからすれば冷やかしにしか見えない。
申し訳ない気持ちもたくさんあるが、その分こうして現状をできる限り伝えていきたいです。

船乗り場に戻ってきました
船を使ってはいるが普通に水の中歩いてる人もたくさんいた
その横で普通に水の中にしょんべんしてる人とかもいていいとこ育ちのワシにとっては複雑な気持ち
にしても空気が本当にひどい。

きた道を戻っていきます。
Uberもここまで呼ぶことができてよかったです。運転手は嫌がってましたが

こんな大変な時に受け入れてくれて本当に感謝しかありません。
決して面白半分できていい場所ではありませんが、この経験は間違いなく私の人生にとても大きな影響を与えてくれました。
より一層今この瞬間に感謝をし、大切に生きていきたいととても強く感じます

きっと次にこの街にくる頃にはマココは無くなっているんだろうと思うととても複雑な気持ちになります。
確かに、こういう歴史の傷跡をいつまでも放っておくわけには行かないんだろうけど、もう少し他にいいやり方はなかったのだろうかと強く感じる。
なくなる前にこれてよかったけど、彼らの無事を祈るばかりです。
日本の皆さんも今の生活が当たり前ではないことを頭に入れておいた方がいいかもしれません。
それだけ日本の政治家は優秀だということです
政治家のよく言う「国民が安心して生活できる国作り」
深夜に1人でも出歩ける。住んでる家を突然破壊される心配がない。ちょっとなんかあれば警察が動いてくれる
それらは決して当たり前ではない。本当に奇跡的なまでに素晴らしい。むしろそっちの方が異常なんだと思います。
日本人にとって平和が当たり前すぎてボケてしまっている人をよく見かけるし私自身もかつてそうだったけど、
こう言う現実があることも知って今に感謝するきっかけになれば幸いです。
次回
いかがだったでしょうかマココ編
世界は思っているより不完全で残酷です。
生まれた場所が人生の基準になってしまうのかもしれないけど、
もう少し世界の現状や歴史に目を向けて全体像を見た上で今この現状がどう言うものなのかを観察することができるともっと自分の人生を豊かに過ごすことができるようになるかもしれません。
それに、そのきっかけの一つになればとこのブログを書き始めた次第です。
幸せに気づくきっかけなら世界にどれだけあってもいいし、自分の今の行動一つ、選択一つでそれを自由に生み出すことができるのなら喜んで行っていきたいし、そういう姿勢を死ぬまで保ちたいと思っています。
といわけで、10数こも続いた長いナイジェリア編もこれにておしまいです。
記事のボリュームを見てもらってわかる通り、私にとってナイジェリアはとても思い出たくさんの印象深い国となりました。
必ずまた訪れたいと思います。ジョロフライス食べたいし。
それでは次回
「ナイジェリアからベナンへ」
お楽しみに



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