みなさんどうもこんにちは。
リュック1つでアフリカ大陸を一周している元歌舞伎町ホストのマユリです。
私の性格上情報の正確性は曖昧で、超個人的独断と偏見に基づいた意見がほとんどですので実際に足を運ばれた際には全く違う感じ方をする場合がかなりあると思います。
例えデータに基づいた正確な情報を元にしたとして、その土地で感じるものは人それぞれだと思いますし、それが旅の醍醐味であるとも思いますし、おすし。
同じ土地とはいえ、タイミングや出会う人によって旅は全く別のものになります
ただの私の日記だと思ってお楽しみください。
あと世界の情報の変化ってとんでもなく早いから更新した日付もしっかりチェックして参考にしてくれ。
アフリカについて気になることやわからないことがあればいつでも気軽にインスタグラムからDMしてくだい。お答えできる範囲でご連絡させていただきます
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前回は南アフリカの第3都市と呼ばれるダーバンについて少し紹介させていただきました。
というわけで今回はいよいよアフリカ大陸一周第三章で訪れる最後の国、レソト🇱🇸へ。
日本で普通に過ごしてたらまぁあまり聞くことないですよね。
レソトの後も南アフリカに戻るんだけど新しくいく国としては今回最後というわけです。
と言ってもダーバンからレソトまでの道のりは長くいろんな街を経由していかなければならないのでまずはその街の紹介をしていこうと思います。
レソトの詳細や今回の旅最強の超激ヤバ国境はまた次の記事とかで書きますのでお楽しみに。
今回はそんな中で立ち寄った「ピーターマリッツバーグ」という街と次回は「アンダーバーグ」という2つの街を紹介します。
それではどうぞ
レソトへの道のり
ダーバンから目的地レソトのタバツェカまで

ここダーバンからレソトの次の宿泊地まではいろんな街を経由していかなければなりません。
ダーバン→Aピーターマリッツバーグ→Bアンダーバーグ→Cサニパス(激ヤバ国境)→Dモコトロング→Eタバツェカ
といった具合になります。かなり経由します。乗り換えは計3回あります。
距離的には400kmくらいとそんなに遠くなく国境を挟んでも15時間くらいで行けるだろうと、今思えばかなり甘い考えをしていました。
結果から言うとこの短い距離で移動に三日くらいかかりました。
三日は流石に盛りました丸二日くらいはかかったかな
必ずこの街の途中で宿を取ってください
というのもアンダーバーグを過ぎたあたりからの道中がもうとんでもない岩道でとてもスピードを出せる状態じゃありませんでした。
そこからさらにとんでもないやばい国境からレソトに入っていくのですがまるで漫画の世界のような景色が広がっていました
そのあたりをこれから色々順を追って説明していこうと思うのでお楽しみに。
ダーバンからのレソト入りはこのアフリカ旅の中でもかなり印象的な時間になりました。こういった陸路旅でしかできない旅好きの皆さんにかなりおすすめしたいコースです。
この道も近い将来かなり綺麗に整備されて2度と体験できなくなってしまうのかと思うと少し寂しい気もしますが現地の方のためにはそうした方がいいことも理解できます。
あまり喋るとネタバレになってしまいますので先に進もうと思います。
ダーバン→ピーターマリッツバーグ

ダーバンからピーターマリッツバーグまでの道のりは約80km。
大体グーグルマップで表示される推定移動時間×1.5倍くらいなのでこの時は1時間半〜2時間で移動したはず。
というわけでバスでの移動になります。
移動詳細
ピーターマリッツバーグに向かうバスはここから。
このマップのINTERCITYってのがバス会社の名前

出来立てなのか綺麗なチケットオフィス
時間も何も調べてないので朝10時にホテルをチェックアウトしてそのまま来ました。

写真の時間見る限り12時発っぽい感じ。
料金は280ZAR(×9で日本円。2,500円くらいか)
アフリカ南部ならではのしっかりした綺麗なバス
距離もそんな遠くないしハイエース見たいなミニバスで行くんかと思ったけどそれで行くならバスステーションじゃなくてタクシーランク見たいな名前の場所にいかなければならないのになぜかバスステーションに来てしまったワイ。
アフリカでいうバスはこういうしっかりしたやつで街走ってるハイエース見たいなミニバスのことをタクシーって呼ぶんだよね。現代では日本でいうタクシーのことをUberとかBoltって呼び方してるね。時代を感じます。その前はメータータクシーとかプライベートタクシーだとか。
まぁアフリカでは個人タクシー乗れるだけで金持ち認定なのでUberとかなかった頃にタクシー強盗が流行ってたのも頷けますわ。10倍くらい値段違うんでね。
Uberとかそういう系のアプリのおかげでアフリカ旅がさらにイージーになりましたね感謝
しかしまぁ2時間くらいでこんな立派なバスはいらん。
アフリカ南部は割とインフラとかしっかりしてるから普通に快適。
料金も先進国となんら変わらん。
アフリカ旅なんだけど南部に慣れると西側とか大変そう。
料金も4〜5倍くらい変わっちゃうんですよね。
ミニバスだったら500円くらいで行けたと思う。悔しい。
まとめ
- 集合場所、バス会社:INTERCITY
- 料金:280ZAR (2,500円くらい)
- ドライブ時間:1.5〜2時間くらい
- 出発時間:昼12時くらい。(当日でも買えると思う日によると思うが)
ピーターマリッツバーグ
到着

写真見る限り13:30前くらいに到着したっぽいです。
この時はもうすぐバス停かなーってところにマクドナルドが見えたんで信号待ちしてる時に降ろしてもらいました。
ご飯食べてなかったので安定のマクドナルドで腹ごしらえ。
南アフリカ限定のこのワッフルポテトがうまい。
地図だけ見れば1日でレソト行けると思ってたけどこの時点で今日は無理っぽいなって思ったので急遽次に立ち寄るアンダーバーグという街の宿を探しました。
宿はまた後ほど紹介しますが、アフリカのこんな田舎町でもネットで宿探せちゃう現代まじ半端ない。
いやまじでどんだけ便利な時代なんだよって話だよねスマホ神すぎるでしょ
散策
せっかくの初めての街なのでとりあえず散策。
こんなところに来る日本人ってワシ含め一体何人くらいおるんやろか。
Pietermaritzburg, City Hall ピーターマリッツバーグ市庁舎

かっけーーー!!
南アフリカの建物はいちいちかっこいい。
めっちゃイギリス味を感じる。


まぁほとんどの人はまずここに来ることはないだろうけどもし来たらぜひ立ち寄ってみてくれ。
普通に街の真ん中ら辺にあるのでアクセスは楽ちんです

この建物のすぐ目の前に150年前くらいの記念碑が。内容はなんか複雑なので割愛
この大砲は海軍用のものらしく日曜以外の毎日午後1時に発車されていたことから「「One O’Clock Gun(ワンオクロックガン)」と言われていたんだそうな。名前かっこよ。
〜概要〜
建築・歴史
- 現在の建物は 1899年〜1901年 に建設されました。
- 元の市庁舎(1893年竣工)は 1898年の火災 により焼失し、それを代替する形で現在のものが建てられたものです。
- 建築様式は「フラマン=ルネサンス復興様式(Flemish Renaissance Revival)」で、赤レンガを多用したファサードと47メートルの角塔(キャンパニーレ)が特徴です。
- 南半球でも最大級の赤レンガ建築とされており、観光名所にもなっています。
- 1969年には「国の記念物(National Monument)」として指定されました。
見どころ
- 赤レンガの外観と高い塔がひときわ目を引き、街の中心に堂々と佇んでいます。
- 内部にはステンドグラスや大きなパイプオルガンなど、建築・装飾ともに豪華な仕様。
- 建物の外には「ワンオクロックガン(One O’Clock Gun)」と呼ばれる海軍砲が展示されており、歴史の深さを感じさせます。
意義・役割
- 行政の中心として、かつての植民地時代~現代に至るまでの都市の顔とも言える建築。
- 観光スポットとしても「建築好き」「歴史好き」に人気の場所です。
- また、街の他の歴史的建造物や記念碑とともに、ピーターマリッツバーグの多様な歴史的・文化的背景を象徴しています。
もし訪れるならのポイント
- 建物外観をゆっくり見学するだけでも価値があります。特に角の塔部分は写真映えします。
- 時間があれば内部のホールやステンドグラスなどもチェックしてみると、建築の意匠に気づきやすいです。
- 周辺には他の歴史的建物や記念碑もあるので、街歩きの拠点にすると良いでしょう。
- 平日に訪れると比較的静かで見学しやすいです。
ChatGPT便利すぎてやベー
Master of the High Court, Pietermaritzburg ピーターマリッツバーグ高等裁判所長官室

調べてたら見つけたかっこいい建物。
概要
🏛 主な役割・機能
この機関が担っている主な機能には以下があります:
- 故人の遺産管理:遺言の検認、相続財産の管理・分配など、遺産に関わる手続きを監督します。
- 信託・破産・未成年者・無能力者の財産管理:法律上、自分で管理できない人の財産を保護し、適切な管理を行うための仕組みがあります。
- 「Guardian’s Fund(保護者基金)」の管理:未成年者、行方不明者、無能力者などのための基金を管理・運用する役割があります。
- 行政手続きのサポート:マスター事務局として、司法制度における特定の行政的・監督的な役割を果たしています。
🧐 なぜ訪問者が知っておくべきか
- 法律・遺産関連の手続きを行う際にこの機関を訪れる必要があるかもしれません。
- 財産管理や遺言・相続・信託の相談など、専門的な手続きの窓口となります。
- もし「未成年者や無能力者のための保護」や「遺産が長期間動いていない」などの案件があるなら、このオフィスが関与する可能性があります。
とまぁ随分重要な役割を担っている場所なんだそうです。
都心部から離れててもこんなにしっかりとした建物なんですね。
日本の市役所とかも昔の日本の城だったらかっちょいいのにな。
Mahatma Gandhi statue マハトマ・ガンジー像

ピーターマリッツバーグって言ったらやっぱりガンジーっしょ。
ってくらいこの街とガンジーは実はめちゃくちゃゆかりのある場所なんです。超意外。
場所はさっきの裁判所の目の前。
ガンジーの存在は昔から知っていたものの正直現場に来るまでガンジーがここまで深く南アフリカと関わっているなんて恥ずかしながら知らなかった。
ヨハネスブルグのバスステーションにも銅像がありましたね。
なんでも若き頃のガンジー、ダーバンからプレトリアまでの鉄道に乗っていたところ正規の切符を持っていたにもかかわらず「黒人は一等車に乗ることは許されない」と引きずり下ろされたんだそうな。
その事件がきっかけで彼は今も歴史に刻まれるあらゆる活動を始めたんだとか。
そしてその引き摺り下ろされた駅ってのがここ、ピーターマリッツバーグ駅だったわけさ。
ほんと映画見たいな話だよね。ぬくぬくジャパンで平和ボケしきっているワシのとろけた脳みそではまるでこの世界に本当にあった話とは思えない。
概要
🕰出来事
1893年6月7日、当時24歳のガンジーはインドから南アフリカへ渡り、ナタール地方で法律の仕事を始めたばかりの若き弁護士でした。
その夜、彼はダーバンからプレトリアへ向かう列車の一等車に乗っていました。
ところが——
白人の乗客が「黒人が一等車にいるのはけしからん」と駅員に訴えたため、
ガンジーは切符を持っていたにもかかわらず、駅で強制的に列車から降ろされ、寒いプラットフォームに放り出されました。
その駅がまさに、今も残る ピーターマリッツバーグ駅 です。
🔥 人生を変えた瞬間
その夜、プラットフォームで震えながら、ガンジーは深く考えました。
「なぜ、自分はこのような屈辱を受けたのか?
どうすれば、誰もが尊厳を持って生きられる社会をつくれるのか?」
この経験が、彼の中で**「非暴力抵抗(サティヤーグラハ / Satyagraha)」**という思想の原点になります。
以後、彼は南アフリカでインド系住民の権利を守る運動を起こし、
後にインド独立運動のリーダーへと成長していくのです。
🕊️ 現在の位置づけ
- 駅前には、「ガンジー像(Mahatma Gandhi Statue)」 と記念碑が建てられ、
「ここから彼の使命が始まった」として世界中から訪問者が絶えません。 - 事件の日である 6月7日 は、南アフリカでは「Gandhi Commemoration Day(ガンジー記念日)」として式典が行われます。
- 駅構内には小さな展示スペースがあり、ガンジーの列車事件や南ア時代の写真・資料が見られます。
最後に
思ったより内容がもりもりしてしまったのでアンダーバーグについては次回に書こうと思います。
自分でも文字とか多すぎて読みにくいなーとは思う。久しぶりに書くので余計にそうなる
そんな感じでいい塩梅模索しながら更新していこうと思います〜
それでは次回
「レソトへの道のり。アンダーバーグ編」
お楽しみに。



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